<   2010年 09月 ( 4 )   > この月の画像一覧

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1.『Mme. Maurin (Tea Rose) / Jean-Baptiste (père) Guillot / France / 1853』
2.『Rosa foliolosa (Species) / unknown / North America / ←1880』
3.『もりあざみ / 森薊 / Cirsium dipsacolepis / キク科 / アザミ属』
4.『紅玉山楂子~一才性~(Crataegus cuneata)/ バラ科 / サンザシ属』
5.『Thérèse Bugnet (Hybrid Rugosa) / Bugnet / Canada / 1950』
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1.2.5.の写真は今朝撮ったばかりのもの。
山楂子の実は現在真っ紅に色づいていて思わず齧ってみたくなる衝動に...。
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真夏の盛りに私は引っ越しをした。
盛りといっても暦の上では既に晩夏である。
つい昨日の事のようだが遠く過ぎ去った昔のことのようにも感じられる。
秋分の日を境に...陽射しも、目には見えない風の姿も変わったせいだろう。

部屋よりもまずはベランダだった。
搬出も搬入も家財よりも植物が先。
お世話になった引っ越し業社には
見積もりの際にもまず坪庭を案内し、
私が育てている薔薇の鉢の数...
その生い茂った草花の群れを見てもらった。
陽に焼けた営業の青年は仰天していたように思う。
引っ越し当日は目も眩むような晴天。
じっとしていても湧き出るように汗が出た。
おそらく気温は40℃近くあったに違いない。
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新しい部屋の差し向いの鄙びたマンションに
ベランダで草花を育てている50過ぎの女性が居た。
50過ぎと感じたのは私のただの直感だからもう少し若かったかもしれない。
間に遮る建物がない分...其所はとても近く感じられて
声をかけたら会話ができそうな距離に感じたものだ。

或る朝、目が覚めて窓を開け、慌てて水遣りの支度にかかった。

朝陽に照らされた差し向いの部屋は蛻の殻になっていた。

私は暫し呆然とし...一体いつ越したのだろうと考えた。
昨日まであった暮らしの爪痕はもう微塵も感じられなかった。

そうか...九月になったのだ...、と、その時初めて気がついた。
おそらく八月末までの契約だったのだろう。
わずか数日間の事だったが他に家族の影は感じられなかったように思う。

その部屋はまだ空室のままである。
どんな人が越してくるのであろうか。

〜G d D〜

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1.5.紅の木(Bixa orellana)烏瓜(Trichosanthes cucumeroides)拾った果実
2.ミシマサイコ(Bupleurum scorzonerifolium)
ツルボ(Scilla scilloides)
白式部(llicarpa japonica form. albibacca)
オグルマ(Inula britannica )
藤袴/玉咲き青花( Eupatorium chinense/Eupatorium fortunei)
松虫草(Scabiosa japonica)
3.ヤンバルガンピ(Wikstroemia indica)
4.黄花コスモス(Cosmos sulphureus)
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この秋の寄せ植えは、初夏のミシマサイコに始まり...
秋、松虫草の開花に出逢うまでを想定して昨年仕立てたもの。
此処に見えない草花があと一品種潜んでいます。
隣の鉢からのこぼれ種から〜風に運ばれて此処へ辿り着いたもの。
虫が媒介したもの...小鳥たちが運んだ種の数々。
消えていなくなるもの。新たに命を宿すもの。

宿根草主体の寄せ植えの面白さは経年変化による変貌とそのちいさなサプライズにあります。
季節が映るか...虫が潜むか...雨の雫が宿るか...この隙間こそが寄せ植えの美しさだと思うのです。
まず私自身が隙だらけの人間であり、思いを寄せるひとも、欠点がある人に...より傾き惹かれやすい。

それぞれの草花の持つ色彩がどのように溶け出し...そして織り成されるのか。
私にとっての寄せ植えとはそれがいちばん重要であり惹かれる題材でもあるのです。

丸い鉢であっても四角い浅鉢であっても...。
前もなければ後ろもなく、右もなければ左もない。
そういったつくり方をなんとな〜く心がけています.笑
壁に咲かせる花ではないのですから...。

始まりと終わりを繋ぐいちばん美しい状態の期間がわずか一週間でもあればそれでよい。
それは春を告げる草花の寄せ植えでも夏の光があやなす草花の寄せ植えでも同じこと。

私が育てている草花の中で、一年草は一割にも満たないもの。
ほぼ宿根草か、あとはご存じの通り薔薇...薔薇...薔薇...です.笑
今はその薔薇たちもようやくひと休みといったところ。
私はといえば...ようやく長袖をクローゼットから引っ張り出してきたばかり。
冷たい雨にしどけなく俯くコスモスが美しい...実りの秋の到来です。

〜G d D〜

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1.『Munstead Wood』 非常に四季咲き性が高く、真夏にも色が飛びません。
本来ならば春に一度だけしか出会う事のできない現代のガリカ ローズだとお考えいただきたい。
この薔薇と「Darcey Bussel」の二種は暫く遠ざかっていたERへ私を回帰させた。
2.5.前回〜香水月季で既出のTea Rose(名無しちゃん)
これはおそらくFound Teaの『Windsor Tea』ではないかとの推察。
葉が暗く非常に美しい。中輪というよりも小輪に近い。軽めのあっさりとしたティ香。
枝が斜上するも全体的にバランスのよい樹形は「Mme Joseph Schwartz」に似ています。
3.烈火に晒され水分を失った夏草は今日刈り取られた。浮かび上がる数字は奇しくも『7』。
4.『Pavillon de Pregny』 「香水月季」既出の写真の角度違いの一枚。
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私には昼間に見る夢が幾つかある。
それは所謂 déjà-vu〜既視感〜とも若干性質が違うものだ。

ここにそれを記しておくことにしよう。

私は人の身体の部位の中でもとりわけ耳と脚が好きである。
それは性的な意味合いを含むFetishismなるものとも違った感触のもの。
何故ならば...その対象が老若男女問わず...だからである。

時としてそれは 電車の中、硝子張りの喫茶室の中から...
私の前方を歩く人々。バスの中で偶然乗り合わせた人々。
雑踏の中で、デパートの中で、書店の中で、山で浜辺で。

男の脚も見る。
女の耳も見る。
老婆の足許を気遣う。
紳士の足許と長い杖。

兎にも角にも脚という部位には、貌と同じくらい...
そのひとの人生が如実に現れているといった印象。
けれどすべての人々の素足を見る機会はそうはない。

そして奥様、旦那様、坊ちゃま、お嬢様という呼び方。
手荒れを気にしない事。己の手荒れを誇らしくさえ感じる事。
這いつくばって床を拭く作業の記憶。
単純作業を疎ましく感じずに気持ち良く実行できること。

* いちばん最後に湯を使う。(1)
* 陽が傾く頃にバスタブに湯をはる。(2)

* 夜。それぞれの部屋を廻って戸締まりをし、
* 朝。それぞれの部屋を廻ってカーテンを開けること。

私の暮らしにカーテンは必要ない事。(露出狂ではありません、念のため.笑)
事実20年近くカーテンを購入していませんし、カーテンそのものに美を感じません。
贅沢な布地であっても北欧のテキスタイルで仕立ててあっても末路がカーテンでは台無し。
カーテンとして仕立てられるために生まれた生地なら別ですが。兎に角 私とは無縁のものです。

そこが何処であれ枕を必要とせず、すぐに眠りに就く事ができること。

蝶々ではなく(正しくは蝶々を経て)オンリーだったこと。
黒い男たち。白い男たち。赤い口紅。私の黒髪。
街中ですれ違う異国の男たちに親しみを持った懐かしさを覚えること。
とても大切にしてもらったこと。優しく労ってもらったこと。そして愛されたこと。
ココナッツのような体臭に淡い記憶が蘇ること。
色とりどりのキャンディの包み紙。チョコレートの苦み。ガムを噛む口元の動き。

私がまだ幼かった頃、我が家の目の前で駄菓子屋を営んでいた老婆の
若かりし頃の職業がほぼ確信犯的にすぐに分かったこと。白粉の匂い。

団地で。妻と娘と共に暮らしていた頃のモノクロームの写真。
それは写真の左上に私が立っていて右斜め下に妻と幼い娘が写っている。
出勤間際の私を見上げているのだ。部屋は暗いがおそらく時間帯は朝であろう。
では...その写真を撮ったのはいったい誰なのか?

靴を磨く行為よりももっと親密なものを感じさせる私の膝の上に投げ出された脚。
その脚の指の爪を丹念に...より丁寧にひと指ごとに切り揃え 磨いてゆくのだ。
右が先の場合も左が先の場合も、それは個人によって必ず癖があるという記憶。
はてしなく柔らかい白い指先の爪を習慣のように切り揃える行為。
我が身の爪より他人の爪がそろそろ伸びているであろうことが絶えず気にかかる。

最後に。
私はこの歳になっても夏にショーツを履く。
それは必ず膝上でなければならない。
夏に限らず真冬でもショーツを履く。
それでも膝上でなければならない。
膝より下では私の脚の『良さ』が出ないのだ。
私の躯の中で最もしぶとく...したたかで頑強な部位。
靴下と下着に限っては必ず上質なものを選ぶ。
たとえ金がなくても上質なものを選ぶ。

月曜日から金曜日までの色男が週末になると ものの見事にぶざまになる真夏。
細く仕立のよいスーツに身を包んでいても
週末に現れる生っ白い退化したかのような脚には思わず目を背けたくなる無惨さがある。

* 男の脚は。普段は覆い隠されている。
* 女の脚は。普段は曝け出されている。

私のすべてを愛しんで かつて指切りを交わした異国の男は今生どうしているだろう。
私を心から信頼し 柔らかい手を預けてくださったマダムは今生どうしているだろう。
また出逢えるだろうか。
それとももう出逢っているのだろうか。

今宵、私は誰の爪を切る。

〜G d D〜

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1.04~05 a.m.。私はこの時間帯の空の色を信じています。
2.『Mrs Oakley Fisher / (HT)/ B R Cant / UK / 1921 』
3.5.17~18 p.m.。私は夕焼けを美しいと思ったことがありません。
4.『Lavender Pinocchio / (F)/ E S Boerner / US / 1948 』
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私にとって九月は生地そのものである。
それは時によって粗い帆布綿であったり しなやかな唐縮緬であったりもする。
未だ袖を通さぬうちからフランネルとコーデュロイを秤にかけたりもする。

過ぎ去った八月はリンネルやシルクだったという/嘘。
過ぎ去った八月はジョーゼットだったという/まこと。

港区よりもずっとずっと懐かしいカンブレー/Cambrai。
目黒区よりもずっとずっと真新しいCambrai/カンブレー。

私にとって九月は生地そのものである。

〜G d D〜

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by Noir-Z | 2010-09-02 07:00 | 月季
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